百花繚乱!乃乃姐&伊達な錦

可愛いだけでは・・・日々壮絶な戦い

08月≪ 09月/123456789101112131415161718192021222324252627282930≫10月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ジャズ フェス

ども   image399nishiki


  

JOHZENJI Streetjazz Festival in SENDAI
ポスター  旅の話題で後回しになってしまった
"定禅寺ジャズフェスティバル"


初秋を彩る一大イベントが 今年は、9月13・14日に行われました。


乃乃入口

錦看板前


全国からプロ・アマを問わず杜の都 仙台に集まります。

今年は、その数714グループ

仙台市内定禅寺通りを中心に街中いたるところに仮設ステージが設けられたり
ストリートミュージシャンのように路上で演奏するグループもいます。

街中で音楽が流れ、道端に沢山の人が座り込んで ビール片手に
ノリノリで聞き入ってます。

ジャズだけではなく、アカペラやゴスペル、ロックバンドなどさまざまな
ジャンルの音楽が楽しめます。

ここは、日本?ってかんじ


仙台市役所前のメイン会場ジャズフェス会場

アーケード街で盛り上がってた東京から来たゴスペル集団ゴスペル錦


錦 ゴスペル集団に乱入

261236フレンチ 『だめ、だめ メインは、オイラがやるから』
乱入


すんません 又やっちまいました  
路上でみんなで酒盛り  ノリのいい客にゴスペルグループも次から次へと歌いまくり


お前ら酒くさっ
ギャラリー

『プライベートだから写真はだめだよ』
友達2

沢山お友達ができましたぁ
友達3

『サインは、無理だって』
友達1

けやき並木 定禅寺通りは、クリスマスの時期に 光のページェントで冬を彩り、
夏の最後、秋の初め 最後の緑を見せてくれる時期に行われるジャズフェス


カッコいい街でしょう

お気に入りの牛たん屋さん太助

食べかけの写真でごめんなさい ごちっ旨いっすから牛タン
店の表につないでた犬達は、 近所のお店の綺麗なお姉さん達に
遊んでもらってました。


K4.jpg
先日のKスタ楽天応援(携帯写メですいません) 

Kスタ宮城では楽天が調子よく連勝続きで(遅いっ)
サッカー ベガルタ仙台J1復帰も夢じゃなくなってきて
学徒の街で 芸術あり、スポーツありで、仙台ってホント素敵な街なんですよ



ここの所仙台は 20℃を下回る気温になってきました。
紅葉の時期も目の前です。



じゃ   nishiki





スポンサーサイト

みちのく紀行 vol.3

ちわ   image405錦


東北の二泊三日の旅も終盤
ついに青森県に突入

今回は、日程の都合で青森市、八甲田は次回にしました。

2日目

弘前市・黒石市
(青森県弘前市・黒石市)


本来の目的は、この弘前市の3会場でおこなわれる
ダチの高校生の東北大会応援だったのです。 261236フレンチ

高総体も終わったばかりですぐに次の大会が
始まり奇跡的に地区大会から東北大会へ進み
ここで入賞すると全国大会へと出場と期待が膨らみます。
後輩初の大きな大会
『緊張してるだろうな~』

大会看板  試合1 
試合4 バレー3
さすがに犬達は、会場へは入れられず、会場提供高校の
野球部室内練習場に気合でお願いして おかしてもらいました。
(まぁ 監督さんが休みだから言えたんですけど)


春校バレー上位常連高校だらけでみんな相当緊張してたみたいです。


オイラから一言261236フレンチ

『だから━━ なんだかんだ言ってもみんな同じ高校生ってことで、
いいですかぁ みなさん・・・』

じゃか~しわっっだまっとれっ! 

全国大会には、進めませんでしたが、
強豪チームに胸を借りて自信とこれからの練習の 励みになったと思います。 
これからが楽しみです。


夕方まで観戦してその後 弘前市街へ


弘前城
(青森県弘前市)

津軽の古都である弘前市は津軽10万石の城下町として、
約400年の歴史を持つ街です。


市内には、藩政時代からの名所旧跡が残り、落ち着いたたたずまいを
感じさせていて 人口は約17万8千人でりんごとさくらとお城で有名です。

また、国立の弘前大学の他に多くの学校があり、
学園都市としても 活気を呈している若者の街でもあります。

弘前城は1603(慶長8)年、津軽為信がそれまでの大浦城、堀越城が
手狭だったため、 当時は鷹岡(高岡)と呼ばれていた場所に
築城を開始したのが始まりです。

まもなく為信は亡くなって、跡を継いだ為信三男の、津軽信枚によって
1610(慶長15)年に築城を本格的に開始。既存の城門などを移築して、
わずか1年ほどで城はほぼ完成し、以後は津軽氏代々の居城として発展しました。

自然の地形を生かした天然の要害で、北は岩木川の支流を
東西に流して堀として、 南側は南溜池を配置しています。
また、本丸は総石垣ですが、ほかは全て土塁構造で、
さらに大型の櫓門を持ちながらも、続櫓を配置する
枡形構造になっていないのが特徴です。

現在でも天守、櫓、城門が数多く現存し、しかも本丸、二の丸、三の丸、
おまけに付属曲輪が 現存する縄張りの保存状態が抜群で
三重の水濠などが今でも見られ、 武家屋敷の古い街並みまで
見ることが出来ます。
1895(明治28)年からは弘前公園として一般に開放され、
現在は桜の名所としても 親しまれています。


城1
犬は、入っちゃいけないんだって。
城3
桜の弘前城の美しさは有名ですね。
城桜2
広報より

 「ねぶた(青森)」 と 「ねぷた(弘前)」 
津軽弁では、「ねぷた」と「ねぶた」どちらも起源は同じですが、なまりの違いから
分かれたものと思われます。弘前市の「ねぷた」、青森市の「ねぶた」というように、
地域の差別化を図る目的もあったようです。

青森ねぶたは毎年8月2~7日まで開催されます。
青森ねぶた
ねぶた1(市)
広報より

 「はねと」と呼ばれる踊り子 
はねと
広報より

はねとが身に着けた鈴を子供達が拾い合います。
青森ねぶたは、一度行ったらハマッてしまって何度か見にいきました。
一度私服ではねて(踊って)た事があったのですが真夏にはかなりキツイです。
観光客のための貸衣装も用意されてます。(練習会もあるみたいです)


弘前ねぷた

弘前ねぷた(市)
広報より

その後弘前を離れ十和田湖を目指しました。
途中、当然温泉へ


温湯温泉(ぬるゆおんせん)  
(青森県黒石市)

温泉共同浴場
温湯
400年以上の歴史を持つ温湯(ぬるゆ)温泉は、
黒石温泉郷の西玄関口にあたり、 大きな共同浴場を囲むように2階建ての
ひなびた客舎と呼ばれる湯治用の宿が 立ち並んでいます。
全体の雰囲気はのどかで、素朴さが残っています。

花山三湯、栗駒五湯のひとつに数えられ、
名前とは裏腹にお湯の温度は高いです。

この共同浴場の入浴料は200円、ちょと前まで170円しかも源泉掛け流し
地元の方がほんと羨ましいぐらいのお湯でした。
自分なりに5本の指にはいりますね。湯上りがこれほど
さっぱりしているお湯は初めてです。


なんと浴場の近くにフレブルを飼われいるお宅があったんです。 261236フレンチ

相性が悪かったのか吠えまくりで
ご挨拶できませんでしたが・・・




3日目


十和田湖
(青森県十和田市)

見晴台からの十和田湖 十和田湖全景

早朝に起され機嫌が悪い2匹
オイラ達朝は、弱いんだよねぇ ったく
十和田湖3

遊覧船っうの 乗ってみてぇ
っうか  どうやってあの遊覧船をここまで運んだんだろう・・・
十和田湖7

「おかん 腹減った・・・」
真似すんじゃねぇ
十和田湖6
十和田湖は、青森秋田両県の県境部に位置し、十和田八幡平国立公園内にあり
二重カルデラ湖として世界的に有名で満水時には標高400m
面積61.02km2 周囲約40km となります。
湖の最深部は326.8mで田沢湖、支笏湖に次いで日本第三位だそうです。


乙女の像
乙女の像
十和田湖畔、休屋の御前ヶ浜にある十和田湖のシンボル乙女の像は、
国立公園指定15周年を記念して立てられたブロンズ像で、詩人・彫刻家として
明治、大正、昭和の日本を代表する芸術家・高村光太郎の最後の彫刻作品
として広く知られています。
この像は2人の裸婦が向かいあっている一対の像で見る人がどの角度から見ても
自分の方を見ているように感じさせるために眼が空洞に彫られる工夫が
されているのが特徴で、見る方向によって色々な美しい表情が楽しめます。


湖畔の放牧
放牧


十和田湖伝説

十和田湖には八郎太郎と南祖坊の伝説が残っています。

この伝説は十和田湖に留まらず、八郎潟や田沢湖を結ぶ、
壮大なスケールで描かれてます。

前回辰子伝説を紹介しましたが、そこには続きがあって最後に
八郎太郎の伝記をご紹介します。

十和田湖に関する所を要約すると、「鹿角(秋田県)に住んでいた八郎太郎は
友人の2人を待たずイワナを3匹食べてしまいます。(前回ご紹介しましたね)
すると猛烈に喉の渇きをおぼえ、谷川の水をひたすら飲み干し気が付くと、
大蛇に姿を変えてしまいます。

家に帰れなくなった八郎太郎は谷川を堰き止め十和田湖を造り、そこを棲家としました。

その頃、紀州熊野にいた南祖坊は夢枕に神様が立ち 『鉄の草鞋を履き

鼻緒の切れたところを永住の地とするべし』 とのお告げがあり長旅に出ます。

鼻緒の切れたところが十和田湖付近でしたが、すでに八郎太郎が大蛇となり
主となっていので、覇権をかけ凄まじい争いが繰り広げられます。

その争いは七日七晩続いたとされ南祖坊が勝利し、
八郎太郎は落ち延びていきます。

その後、八郎太郎は鹿角や二ツ井(秋田県)などで騒動を起こし
その都度、神様達から疎まれたりし八郎潟(秋田県日本海側)
まで落ち延びていきます。

同じ頃、田沢湖では辰子姫も大蛇となり主となっていましたが、
彼女を巡り八郎太郎と南祖坊が再び争う事となります。

(いやっ・・・お坊さんまで魅了してしまう辰子 すごっ)

龍やけどなっ 261236フレンチ

八郎太郎が南祖坊に勝利し辰子姫と結ばれるという伝説です。

簡単ですが以上が田沢湖、八郎潟、十和田湖に纏わる伝説の完結です。

調べてると大変おもろぅ~ 実に神秘的な伝説でした。




これで自分探しの旅は、終わりっす。
帰路の途中 kumichou又 温泉に・・・辰子を目指すらしい
オバチャンやけどな

kumichouの自分探しは、辰子だったんだな

じゃか~しわっっ

えぇ━3回シリーズでこの東北旅紀行をご紹介しましたが、国語能力が乏しい本人
かなりきつかったっす。

考えた割には、えーこんなの~と思いつつご紹介しました
わかりずらいかもしれませんが、カンベンしてくださいまし。


で・・・岩手、秋田、青森の県民の皆様、
『お前、それは違うだろう!』 という所があったら
水に流してくださいまし。。。




じゃ  image399nishiki


その後オイラ達、二日間爆睡でした





みちのく紀行 vol.2

ど~もぁ~  image1905ノノ



前回の続きで kumichou 自己満足の記事をお送りします。 

平泉中尊寺を出発して一路田沢湖へ
鶯宿温泉(おうしゅくおんせん)を経由して
[近くには、小岩井牧場や雫石スキー場があります。]
田沢湖け向かいました。
 


1日目 part2

田沢湖
(仙北市田沢湖潟字搓湖)

幸せを運ぶ神秘の湖
田沢湖は、秋田県の中東部に位置します。
最大深度は423.4mで日本第一位(第二位は支笏湖、第三位は十和田湖)

世界では17番目に深い湖です(世界で最も深い湖はバイカル湖)

湖面標高は249mであるため、最深部の湖底は海面下174.4mということになります。

この深さゆえに、真冬でも湖面が凍り付くことはなく、深い湖水に差し込んだ太陽光は
水深に応じて湖水を明るい翡翠色から濃い藍色にまで彩るといわれてます。
田沢湖
見晴台から見た田沢湖は、湖水の為かとても神秘的です


この湖には、龍がいるらしいよ

タッシーなんちゃって
うけるんですけど261236フレンチ

・・・・

田沢湖2
あの東京タワーがすっぽり入ってしまうぐらい深いらしいよ
田沢湖3

へえ~って 実感がないんだけど
家の風呂もけっこう慌てるけど もっと深いんだろうなぁ~

・・・はぁっ
田沢湖犬2


辰子の像

田沢湖のほとり神成村に辰子という名の娘が暮らしていました。

辰子は類い希な美しい娘でしたが、その美貌に自ら気付いた日を境に、
いつの日か衰えていくその若さと美しさを何とか保ちたいと願うようになりました。

必死の願いに観音が応え、山深い泉の在処を辰子に示し
そのお告げの通り 泉の水を辰子は飲んだら 急に激しい喉の渇きを覚え
しかも いくら水を飲んでも渇きは激しくなるばかりで
狂奔する辰子の姿は、いつの間にか龍へと変化していったそうです。

自分の身に起こった報いを悟った辰子は、田沢湖に身を沈め、
そこの主として暮らすようになりました。

辰子の母は、山に入ったまま帰らない辰子の身を案じ、やがて湖の畔で
辰子と対面を果たしました。

辰子は変わらぬ姿で母を迎えましたが、その実体は既に人間ではなく

悲しむ母が、別れを告げる辰子を想って湖に身を投じてしまいました。

この母親が田沢湖のクニマスという魚になったといわれてます。

秋田県の北方、海沿いに、八郎潟という湖がありますが
ここは、やはり人間から龍へと姿を変えられた
八郎という龍がいました。

八郎は、いつしか山の田沢湖の主、辰子に惹かれ、
辰子もその想いを受け容れ それ以来八郎は辰子と共に田沢湖に暮らすようになり、
主のいなくなった八郎潟は年を追うごとに浅くなって
主の増えた田沢湖は逆に冬も凍ることなく ますます深くなったそうです。
これが辰子伝説です。


オイラも野豚に姿を変えたら彼女ができるかなぁ・・・でへ

辰子の像
この写真を撮ってる時、急に曇ってきて、風が心地よく一瞬、
時が止まった感じがしました。
人がいなかったのもあってか 辰子とお話ができたような気がします。
(なんちゃって)
 
辰子像2




乳頭温泉郷
乳頭温泉入口

・・・・お前らアホかっ
乳頭放牧

ブナの原生林
ブナ林の広さ、数の多さには、驚きです。
ブナ原生林

ここで暮すのも悪くないな
そうそう それもいいかも
自然に帰化しろ
乳頭犬1

十和田八幡平国立公園の最南に位置し、田沢湖高原の乳頭山麓に
滞在する温泉郷で、「秘湯ブーム」で一躍有名になって
全国の温泉ファンを魅了しています。それぞれに個性があり魅力的な宿です。

泉質は酸性含ヒ素ナトリウム・塩化物硫酸塩泉、含重曹・食塩硫化水素泉黒湯温泉
単純硫化水素泉、酸性硫黄泉、単純硫化水素泉、 ラジウム含有泉、 単純硫黄泉
といろいろな泉質を楽しむ事ができます。
(違いがわかるの?といわれると・・・)

妙乃湯 蟹場温泉 鶴乃湯  大釜温泉 孫六温泉 黒湯温泉
鶴の湯・黒湯・孫六・妙乃湯・大釜・蟹場温泉

秘湯と言っても車で行けるのは、山歩きに慣れてない者にとっては
ありがたいですね。いろんな泉質を体感できる温泉郷
やはり 私にとっては秘湯でした。



じゃ また image400nono



次回は、旅紀行最終回 青森県弘前市と十和田湖をご紹介します。






みちのく紀行 vol.1

ども image1910nishiki2.gif



『初秋のみちのく』 想う事があり
自分探しの旅に行ってきたっす。 261236フレンチ



・・・知らねぇから

勝手に探してこいっ



1日目

 奥州平泉 「中尊寺」  
 (岩手県西磐井郡平泉町)


中尊寺は、天台宗の東北大本山です。

山号を関山といい、慈覚大師によって開かれました。

国宝・金色堂は、中尊寺創建当初の建築物では、現存している唯-の遺構です。

奥州藤原氏の初代清衡の造営で、天治元年(1124年)に上棟されました。

様式は、平安後期の阿弥陀堂建築。堂内には、本尊阿弥陀如来を中心に、
11体の仏像が三壇に安置されています。

堂の内外はすべて漆に金箔を押し、柱や須弥壇には、金銀珠玉が
ちりばめられています。
青く光っているのは、夜光貝の細工です。装飾の文様は、
宝相華唐草文様といいます。

須弥壇の中には、初代藤原清衡、二代基衡、三代秀衡のご遺体と、
四代泰衡の首級が納められています。

また中尊寺は、国宝や重要文化財3,000余点を数える平安美術の宝庫です。
岩手県平泉町 観光ガイド から



両側に杉の巨木がそそり立つ「月見坂」という広い参道を、ゆっくりと登って行きます。
月見坂1

この参道を歩いていると遠い歴史の流れと、落ちていった武者達の無念が
聞こえてきそうです


月見坂3

ちょっと 休憩っす だらだら坂は、結構キツイっすよ
月見坂4



やがて、参道の右側、高いところに大きな門が見えてきました。
これが中尊寺の山門にあたる門で、この中に中尊寺の本堂があります。
中尊寺本堂の門

他の大きなお寺の門とは違い、薬医門という控えめな形式です。
中尊寺本堂門2

乃乃姐さんかなり凛々しいR0017704ブログ

現在の本堂は1909年に再建されたもので、本尊は阿弥陀如来だそうです。

腹減ったぁ・・・ kumichou さっきの茶屋でだんご食べよう

中尊寺本堂2


峯薬師堂
ここは、ヒンヤリして冷蔵庫の中に居るみたいっす
R0017707ブログ


 金色堂覆堂(金色堂) 
中尊寺金色堂は、中尊寺創建当初からの形で残っている唯一のお堂で、
奥州藤原氏によって1124年に建立されました。

現在では、金色堂は覆堂(↓)という鉄筋コンクリート造の建物の中に
納められています。
覆堂は1965年(昭和40年)に建築されましたが、その前に金色堂は大幅な
解体修理を行ったのち、覆堂内部に設けられた空調付のガラスケースに
納められました。


金色堂覆堂

金色堂の御本尊は阿弥陀如来で、中央の須弥壇の中に初代清衡公、二代基衡公、
三代秀衡公の御遺体と泰衡公の首級が納められているということです。
acd0805230434002-p1.jpg
文化庁より


弁慶堂
藤原時代五方鎮守のため火伏の神として
本尊勝軍地地蔵菩薩を杞愛宕宮と称したそばに、義経と弁慶の木像を
安置したそうです。
弁慶堂3

弁慶堂2

お前だれっ
弁慶堂絵馬

弁慶堂4


時空を超え日本人に愛され続けてきた源義経。
(数年前の大河ドラマの滝沢君がカブってしまう)


青春時代をこの地で過し、後に兄頼朝に追われ辿り着いた奥州平泉。

その短い生涯と悲劇は日本の歴史上欠かす事ができない伝説を生み、
今もって語りつがれているのです。



オイラ達の自分探しの旅は、まだまだ続きます。
気分だけ秋を一歩先取りしているオイラなのであった。

次回は、秋田県は田沢湖をご紹介します。


そいじゃ  image399nishiki



個人的には、もっと詳しく平泉文化をご紹介したかったのですが、奴らに趣旨が違うと反発され
中途半端なブログになってしまいました。
すみません


夏草や 兵どもが 夢の跡
五月雨の 降残してや 光堂

これは、皆様ご存知の松尾芭蕉の句で、この地を憂い・・・



↑↑↑↑ いい加減にせんかいっ 261236フレンチ↑↑↑↑

プロフィール

kumichou

Author:kumichou
nono
French Bulldog
female
color is cream
born in July 6' 2005
birth is Miyagi
character is forocious

nishiki
French Bulldog
male
color is pied
born December 15' 2006
birth is Miyagi
character is a mouse

カレンダー

08 | 2008/09 | 10
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック

RSSフィード
リンク
ブログ内検索

FC2カウンター

フレンチブルドッグひろば にほんブログ村 犬ブログ フレンチブルドッグへ RB_160_01.gif
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。