みちのく紀行 vol.1
2008年09月11日(木曜日)
ども 
『初秋のみちのく』 想う事があり
自分探しの旅に行ってきたっす。

・・・知らねぇから
勝手に探してこいっ
1日目
奥州平泉 「中尊寺」
(岩手県西磐井郡平泉町)
中尊寺は、天台宗の東北大本山です。
山号を関山といい、慈覚大師によって開かれました。
国宝・金色堂は、中尊寺創建当初の建築物では、現存している唯−の遺構です。
奥州藤原氏の初代清衡の造営で、天治元年(1124年)に上棟されました。
様式は、平安後期の阿弥陀堂建築。堂内には、本尊阿弥陀如来を中心に、
11体の仏像が三壇に安置されています。
堂の内外はすべて漆に金箔を押し、柱や須弥壇には、金銀珠玉が
ちりばめられています。
青く光っているのは、夜光貝の細工です。装飾の文様は、
宝相華唐草文様といいます。
須弥壇の中には、初代藤原清衡、二代基衡、三代秀衡のご遺体と、
四代泰衡の首級が納められています。
また中尊寺は、国宝や重要文化財3,000余点を数える平安美術の宝庫です。
岩手県平泉町 観光ガイド から
両側に杉の巨木がそそり立つ「月見坂」という広い参道を、ゆっくりと登って行きます。

この参道を歩いていると遠い歴史の流れと、落ちていった武者達の無念が
聞こえてきそうです

ちょっと 休憩っす だらだら坂は、結構キツイっすよ

やがて、参道の右側、高いところに大きな門が見えてきました。
これが中尊寺の山門にあたる門で、この中に中尊寺の本堂があります。
他の大きなお寺の門とは違い、薬医門という控えめな形式です。

乃乃姐さんかなり凛々しい

現在の本堂は1909年に再建されたもので、本尊は阿弥陀如来だそうです。
腹減ったぁ・・・ kumichou さっきの茶屋でだんご食べよう


峯薬師堂
ここは、ヒンヤリして冷蔵庫の中に居るみたいっす

金色堂覆堂(金色堂)
中尊寺金色堂は、中尊寺創建当初からの形で残っている唯一のお堂で、
奥州藤原氏によって1124年に建立されました。
現在では、金色堂は覆堂(↓)という鉄筋コンクリート造の建物の中に
納められています。
覆堂は1965年(昭和40年)に建築されましたが、その前に金色堂は大幅な
解体修理を行ったのち、覆堂内部に設けられた空調付のガラスケースに
納められました。

金色堂の御本尊は阿弥陀如来で、中央の須弥壇の中に初代清衡公、二代基衡公、
三代秀衡公の御遺体と泰衡公の首級が納められているということです。
文化庁より
弁慶堂
藤原時代五方鎮守のため火伏の神として
本尊勝軍地地蔵菩薩を杞愛宕宮と称したそばに、義経と弁慶の木像を
安置したそうです。

お前だれっ


時空を超え日本人に愛され続けてきた源義経。
(数年前の大河ドラマの滝沢君がカブってしまう)
青春時代をこの地で過し、後に兄頼朝に追われ辿り着いた奥州平泉。
その短い生涯と悲劇は日本の歴史上欠かす事ができない伝説を生み、
今もって語りつがれているのです。
オイラ達の自分探しの旅は、まだまだ続きます。
気分だけ秋
を一歩先取りしているオイラなのであった。
次回は、秋田県は田沢湖をご紹介します。
そいじゃ
個人的には、もっと詳しく平泉文化をご紹介したかったのですが、奴らに趣旨が違うと反発され
中途半端なブログになってしまいました。
すみません
夏草や 兵どもが 夢の跡
五月雨の 降残してや 光堂
これは、皆様ご存知の松尾芭蕉の句で、この地を憂い・・・
↑↑↑↑ いい加減にせんかいっ
↑↑↑↑

『初秋のみちのく』 想う事があり

自分探しの旅に行ってきたっす。


・・・知らねぇから

勝手に探してこいっ

1日目
奥州平泉 「中尊寺」
(岩手県西磐井郡平泉町)
中尊寺は、天台宗の東北大本山です。
山号を関山といい、慈覚大師によって開かれました。
国宝・金色堂は、中尊寺創建当初の建築物では、現存している唯−の遺構です。
奥州藤原氏の初代清衡の造営で、天治元年(1124年)に上棟されました。
様式は、平安後期の阿弥陀堂建築。堂内には、本尊阿弥陀如来を中心に、
11体の仏像が三壇に安置されています。
堂の内外はすべて漆に金箔を押し、柱や須弥壇には、金銀珠玉が
ちりばめられています。
青く光っているのは、夜光貝の細工です。装飾の文様は、
宝相華唐草文様といいます。
須弥壇の中には、初代藤原清衡、二代基衡、三代秀衡のご遺体と、
四代泰衡の首級が納められています。
また中尊寺は、国宝や重要文化財3,000余点を数える平安美術の宝庫です。
岩手県平泉町 観光ガイド から
両側に杉の巨木がそそり立つ「月見坂」という広い参道を、ゆっくりと登って行きます。

この参道を歩いていると遠い歴史の流れと、落ちていった武者達の無念が
聞こえてきそうです


ちょっと 休憩っす だらだら坂は、結構キツイっすよ


やがて、参道の右側、高いところに大きな門が見えてきました。
これが中尊寺の山門にあたる門で、この中に中尊寺の本堂があります。

他の大きなお寺の門とは違い、薬医門という控えめな形式です。

乃乃姐さんかなり凛々しい


現在の本堂は1909年に再建されたもので、本尊は阿弥陀如来だそうです。
腹減ったぁ・・・ kumichou さっきの茶屋でだんご食べよう



峯薬師堂
ここは、ヒンヤリして冷蔵庫の中に居るみたいっす


金色堂覆堂(金色堂)
中尊寺金色堂は、中尊寺創建当初からの形で残っている唯一のお堂で、
奥州藤原氏によって1124年に建立されました。
現在では、金色堂は覆堂(↓)という鉄筋コンクリート造の建物の中に
納められています。
覆堂は1965年(昭和40年)に建築されましたが、その前に金色堂は大幅な
解体修理を行ったのち、覆堂内部に設けられた空調付のガラスケースに
納められました。

金色堂の御本尊は阿弥陀如来で、中央の須弥壇の中に初代清衡公、二代基衡公、
三代秀衡公の御遺体と泰衡公の首級が納められているということです。

文化庁より
弁慶堂
藤原時代五方鎮守のため火伏の神として
本尊勝軍地地蔵菩薩を杞愛宕宮と称したそばに、義経と弁慶の木像を
安置したそうです。


お前だれっ



時空を超え日本人に愛され続けてきた源義経。
(数年前の大河ドラマの滝沢君がカブってしまう)
青春時代をこの地で過し、後に兄頼朝に追われ辿り着いた奥州平泉。
その短い生涯と悲劇は日本の歴史上欠かす事ができない伝説を生み、
今もって語りつがれているのです。
オイラ達の自分探しの旅は、まだまだ続きます。

気分だけ秋
を一歩先取りしているオイラなのであった。次回は、秋田県は田沢湖をご紹介します。

そいじゃ

個人的には、もっと詳しく平泉文化をご紹介したかったのですが、奴らに趣旨が違うと反発され
中途半端なブログになってしまいました。
すみません

夏草や 兵どもが 夢の跡
五月雨の 降残してや 光堂
これは、皆様ご存知の松尾芭蕉の句で、この地を憂い・・・
↑↑↑↑ いい加減にせんかいっ

↑↑↑↑
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コメント
★ おかんへ
悪気はありませんので
阿波のおかんと金ちゃん
「おかん 腹減った!」 がマイブームなもんで
金ちゃんの記事読んであまり連れ回すさないほうが
いいのかなぁ。。とも思うのですが
今まで気にもしないで過酷な行動もとっていたので
まぁいっかって・・・
ほんといつか 徳島で金ちゃんと姫に会えればいいっすね
★ moume姫 mamaさんへ
山里は、すすきも稲の穂も首を垂れて
もう すぐそこに秋の季節がやってきます。
実際いろんな建造物を見ると
当時の人の偉大さが感じとれます。
学生の時の修学旅行とか研修旅行とか
真剣に参加すればよかったと・・・
そうですね。幕末から維新への激動の
人間関係も面白いですね。
その時代の勇士が今の総理大臣になれば
少しは、ましかも
★
いろんなところに行けて楽しそう〜♪
将軍も錦君みたいに心臓強くなってほしいですぅ〜!!
今まで、新着のパイドを見ていますが、
一番錦君が激似ですねぇ〜(^◇^)
ご対面させてみたいですわぁ〜!!
★
この度はしっとりですね
歴史って知れば知るほど面白いですよね
個人的には幕末が好きです
歴史上存在した人物の小説が好きです
kumichou渋いっすこんなの好きです
こういった所へ旅行へいく時は予習しておくと
尚更旅の趣が深まり感慨深いものになりますよね♪
秋田県は田沢湖!!次回も楽しみです(~o~)
ではでは
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