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みちのく紀行 vol.3
2008年09月19日(金曜日)
ちわ
東北の二泊三日の旅も終盤
ついに青森県に突入

今回は、日程の都合で青森市、八甲田は次回にしました。
2日目
弘前市・黒石市
(青森県弘前市・黒石市)
本来の目的は、この弘前市の3会場でおこなわれる
ダチの高校生の東北大会応援だったのです。
高総体も終わったばかりですぐに次の大会が
始まり奇跡的に地区大会から東北大会へ進み
ここで入賞すると全国大会へと出場と期待が膨らみます。
後輩初の大きな大会
『緊張してるだろうな~』
さすがに犬達は、会場へは入れられず、会場提供高校の
野球部室内練習場に気合でお願いして おかしてもらいました。
(まぁ 監督さんが休みだから言えたんですけど)
春校バレー上位常連高校だらけでみんな相当緊張してたみたいです。
オイラから一言
『だから━━ なんだかんだ言ってもみんな同じ高校生ってことで、
いいですかぁ みなさん・・・』
じゃか~しわっっ
だまっとれっ!
全国大会には、進めませんでしたが、
強豪チームに胸を借りて自信とこれからの練習の 励みになったと思います。
これからが楽しみです。
夕方まで観戦してその後 弘前市街へ
弘前城
(青森県弘前市)
津軽の古都である弘前市は津軽10万石の城下町として、
約400年の歴史を持つ街です。
市内には、藩政時代からの名所旧跡が残り、落ち着いたたたずまいを
感じさせていて 人口は約17万8千人でりんごとさくらとお城で有名です。
また、国立の弘前大学の他に多くの学校があり、
学園都市としても 活気を呈している若者の街でもあります。
弘前城は1603(慶長8)年、津軽為信がそれまでの大浦城、堀越城が
手狭だったため、 当時は鷹岡(高岡)と呼ばれていた場所に
築城を開始したのが始まりです。
まもなく為信は亡くなって、跡を継いだ為信三男の、津軽信枚によって
1610(慶長15)年に築城を本格的に開始。既存の城門などを移築して、
わずか1年ほどで城はほぼ完成し、以後は津軽氏代々の居城として発展しました。
自然の地形を生かした天然の要害で、北は岩木川の支流を
東西に流して堀として、 南側は南溜池を配置しています。
また、本丸は総石垣ですが、ほかは全て土塁構造で、
さらに大型の櫓門を持ちながらも、続櫓を配置する
枡形構造になっていないのが特徴です。
現在でも天守、櫓、城門が数多く現存し、しかも本丸、二の丸、三の丸、
おまけに付属曲輪が 現存する縄張りの保存状態が抜群で
三重の水濠などが今でも見られ、 武家屋敷の古い街並みまで
見ることが出来ます。
1895(明治28)年からは弘前公園として一般に開放され、
現在は桜の名所としても 親しまれています。
犬は、入っちゃいけないんだって。
桜の弘前城の美しさは有名ですね。
広報より
「ねぶた(青森)」 と 「ねぷた(弘前)」
津軽弁では、「ねぷた」と「ねぶた」どちらも起源は同じですが、なまりの違いから
分かれたものと思われます。弘前市の「ねぷた」、青森市の「ねぶた」というように、
地域の差別化を図る目的もあったようです。
青森ねぶたは毎年8月2~7日まで開催されます。
青森ねぶた
広報より
「はねと」と呼ばれる踊り子
広報より
はねとが身に着けた鈴を子供達が拾い合います。
青森ねぶたは、一度行ったらハマッてしまって何度か見にいきました。
一度私服ではねて(踊って)た事があったのですが真夏にはかなりキツイです。
観光客のための貸衣装も用意されてます。(練習会もあるみたいです)
弘前ねぷた
広報より
その後弘前を離れ十和田湖を目指しました。
途中、当然温泉へ
温湯温泉(ぬるゆおんせん)
(青森県黒石市)
温泉共同浴場
400年以上の歴史を持つ温湯(ぬるゆ)温泉は、
黒石温泉郷の西玄関口にあたり、 大きな共同浴場を囲むように2階建ての
ひなびた客舎と呼ばれる湯治用の宿が 立ち並んでいます。
全体の雰囲気はのどかで、素朴さが残っています。
花山三湯、栗駒五湯のひとつに数えられ、
名前とは裏腹にお湯の温度は高いです。
この共同浴場の入浴料は200円、ちょと前まで170円しかも源泉掛け流し
地元の方がほんと羨ましいぐらいのお湯でした。
自分なりに5本の指にはいりますね。湯上りがこれほど
さっぱりしているお湯は初めてです。
なんと浴場の近くにフレブルを飼われいるお宅があったんです。
相性が悪かったのか吠えまくりで
ご挨拶できませんでしたが・・・
3日目
十和田湖
(青森県十和田市)
見晴台からの十和田湖
早朝に起され機嫌が悪い2匹
オイラ達朝は、弱いんだよねぇ ったく
遊覧船っうの 乗ってみてぇ
っうか
どうやってあの遊覧船をここまで運んだんだろう・・・
「おかん 腹減った・・・」
真似すんじゃねぇ
十和田湖は、青森秋田両県の県境部に位置し、十和田八幡平国立公園内にあり
二重カルデラ湖として世界的に有名で満水時には標高400m
面積61.02km2 周囲約40km となります。
湖の最深部は326.8mで田沢湖、支笏湖に次いで日本第三位だそうです。
乙女の像
十和田湖畔、休屋の御前ヶ浜にある十和田湖のシンボル乙女の像は、
国立公園指定15周年を記念して立てられたブロンズ像で、詩人・彫刻家として
明治、大正、昭和の日本を代表する芸術家・高村光太郎の最後の彫刻作品
として広く知られています。
この像は2人の裸婦が向かいあっている一対の像で見る人がどの角度から見ても
自分の方を見ているように感じさせるために眼が空洞に彫られる工夫が
されているのが特徴で、見る方向によって色々な美しい表情が楽しめます。
湖畔の放牧

十和田湖伝説
十和田湖には八郎太郎と南祖坊の伝説が残っています。
この伝説は十和田湖に留まらず、八郎潟や田沢湖を結ぶ、
壮大なスケールで描かれてます。
前回辰子伝説を紹介しましたが、そこには続きがあって最後に
八郎太郎の伝記をご紹介します。
十和田湖に関する所を要約すると、「鹿角(秋田県)に住んでいた八郎太郎は
友人の2人を待たずイワナを3匹食べてしまいます。(前回ご紹介しましたね)
すると猛烈に喉の渇きをおぼえ、谷川の水をひたすら飲み干し気が付くと、
大蛇に姿を変えてしまいます。
家に帰れなくなった八郎太郎は谷川を堰き止め十和田湖を造り、そこを棲家としました。
その頃、紀州熊野にいた南祖坊は夢枕に神様が立ち 『鉄の草鞋を履き
鼻緒の切れたところを永住の地とするべし』 とのお告げがあり長旅に出ます。
鼻緒の切れたところが十和田湖付近でしたが、すでに八郎太郎が大蛇となり
主となっていので、覇権をかけ凄まじい争いが繰り広げられます。
その争いは七日七晩続いたとされ南祖坊が勝利し、
八郎太郎は落ち延びていきます。
その後、八郎太郎は鹿角や二ツ井(秋田県)などで騒動を起こし
その都度、神様達から疎まれたりし八郎潟(秋田県日本海側)
まで落ち延びていきます。
同じ頃、田沢湖では辰子姫も大蛇となり主となっていましたが、
彼女を巡り八郎太郎と南祖坊が再び争う事となります。
(いやっ・・・お坊さんまで魅了してしまう辰子 すごっ)
龍やけどなっ

八郎太郎が南祖坊に勝利し辰子姫と結ばれるという伝説です。
簡単ですが以上が田沢湖、八郎潟、十和田湖に纏わる伝説の完結です。
調べてると大変おもろぅ~ 実に神秘的な伝説でした。
これで自分探しの旅は、終わりっす。
帰路の途中 kumichou又 温泉に・・・辰子を目指すらしい
オバチャンやけどな
kumichouの自分探しは、辰子だったんだな
じゃか~しわっっ
えぇ━3回シリーズでこの東北旅紀行をご紹介しましたが、国語能力が乏しい本人
かなりきつかったっす。
考えた割には、えーこんなの~と思いつつご紹介しました
わかりずらいかもしれませんが、カンベンしてくださいまし。
で・・・岩手、秋田、青森の県民の皆様、
『お前、それは違うだろう!』 という所があったら
水に流してくださいまし。。。
じゃ
その後オイラ達、二日間爆睡でした


東北の二泊三日の旅も終盤
ついに青森県に突入


今回は、日程の都合で青森市、八甲田は次回にしました。
2日目
弘前市・黒石市
(青森県弘前市・黒石市)
本来の目的は、この弘前市の3会場でおこなわれる
ダチの高校生の東北大会応援だったのです。

高総体も終わったばかりですぐに次の大会が
始まり奇跡的に地区大会から東北大会へ進み
ここで入賞すると全国大会へと出場と期待が膨らみます。
後輩初の大きな大会
『緊張してるだろうな~』





さすがに犬達は、会場へは入れられず、会場提供高校の
野球部室内練習場に気合でお願いして おかしてもらいました。
(まぁ 監督さんが休みだから言えたんですけど)
春校バレー上位常連高校だらけでみんな相当緊張してたみたいです。
オイラから一言

『だから━━ なんだかんだ言ってもみんな同じ高校生ってことで、
いいですかぁ みなさん・・・』
じゃか~しわっっ



全国大会には、進めませんでしたが、
強豪チームに胸を借りて自信とこれからの練習の 励みになったと思います。
これからが楽しみです。
夕方まで観戦してその後 弘前市街へ
弘前城
(青森県弘前市)
津軽の古都である弘前市は津軽10万石の城下町として、
約400年の歴史を持つ街です。
市内には、藩政時代からの名所旧跡が残り、落ち着いたたたずまいを
感じさせていて 人口は約17万8千人でりんごとさくらとお城で有名です。
また、国立の弘前大学の他に多くの学校があり、
学園都市としても 活気を呈している若者の街でもあります。
弘前城は1603(慶長8)年、津軽為信がそれまでの大浦城、堀越城が
手狭だったため、 当時は鷹岡(高岡)と呼ばれていた場所に
築城を開始したのが始まりです。
まもなく為信は亡くなって、跡を継いだ為信三男の、津軽信枚によって
1610(慶長15)年に築城を本格的に開始。既存の城門などを移築して、
わずか1年ほどで城はほぼ完成し、以後は津軽氏代々の居城として発展しました。
自然の地形を生かした天然の要害で、北は岩木川の支流を
東西に流して堀として、 南側は南溜池を配置しています。
また、本丸は総石垣ですが、ほかは全て土塁構造で、
さらに大型の櫓門を持ちながらも、続櫓を配置する
枡形構造になっていないのが特徴です。
現在でも天守、櫓、城門が数多く現存し、しかも本丸、二の丸、三の丸、
おまけに付属曲輪が 現存する縄張りの保存状態が抜群で
三重の水濠などが今でも見られ、 武家屋敷の古い街並みまで
見ることが出来ます。
1895(明治28)年からは弘前公園として一般に開放され、
現在は桜の名所としても 親しまれています。

犬は、入っちゃいけないんだって。


桜の弘前城の美しさは有名ですね。


広報より
「ねぶた(青森)」 と 「ねぷた(弘前)」
津軽弁では、「ねぷた」と「ねぶた」どちらも起源は同じですが、なまりの違いから
分かれたものと思われます。弘前市の「ねぷた」、青森市の「ねぶた」というように、
地域の差別化を図る目的もあったようです。
青森ねぶたは毎年8月2~7日まで開催されます。
青森ねぶた

広報より
「はねと」と呼ばれる踊り子

広報より
はねとが身に着けた鈴を子供達が拾い合います。
青森ねぶたは、一度行ったらハマッてしまって何度か見にいきました。
一度私服ではねて(踊って)た事があったのですが真夏にはかなりキツイです。
観光客のための貸衣装も用意されてます。(練習会もあるみたいです)
弘前ねぷた

広報より
その後弘前を離れ十和田湖を目指しました。

途中、当然温泉へ
温湯温泉(ぬるゆおんせん)
(青森県黒石市)
温泉共同浴場

400年以上の歴史を持つ温湯(ぬるゆ)温泉は、
黒石温泉郷の西玄関口にあたり、 大きな共同浴場を囲むように2階建ての
ひなびた客舎と呼ばれる湯治用の宿が 立ち並んでいます。
全体の雰囲気はのどかで、素朴さが残っています。
花山三湯、栗駒五湯のひとつに数えられ、
名前とは裏腹にお湯の温度は高いです。
この共同浴場の入浴料は200円、ちょと前まで170円しかも源泉掛け流し
地元の方がほんと羨ましいぐらいのお湯でした。
自分なりに5本の指にはいりますね。湯上りがこれほど
さっぱりしているお湯は初めてです。
なんと浴場の近くにフレブルを飼われいるお宅があったんです。

相性が悪かったのか吠えまくりで
ご挨拶できませんでしたが・・・
3日目
十和田湖
(青森県十和田市)
見晴台からの十和田湖

早朝に起され機嫌が悪い2匹

オイラ達朝は、弱いんだよねぇ ったく


遊覧船っうの 乗ってみてぇ

っうか



「おかん 腹減った・・・」
真似すんじゃねぇ


十和田湖は、青森秋田両県の県境部に位置し、十和田八幡平国立公園内にあり
二重カルデラ湖として世界的に有名で満水時には標高400m
面積61.02km2 周囲約40km となります。
湖の最深部は326.8mで田沢湖、支笏湖に次いで日本第三位だそうです。
乙女の像

十和田湖畔、休屋の御前ヶ浜にある十和田湖のシンボル乙女の像は、
国立公園指定15周年を記念して立てられたブロンズ像で、詩人・彫刻家として
明治、大正、昭和の日本を代表する芸術家・高村光太郎の最後の彫刻作品
として広く知られています。
この像は2人の裸婦が向かいあっている一対の像で見る人がどの角度から見ても
自分の方を見ているように感じさせるために眼が空洞に彫られる工夫が
されているのが特徴で、見る方向によって色々な美しい表情が楽しめます。
湖畔の放牧

十和田湖伝説
十和田湖には八郎太郎と南祖坊の伝説が残っています。
この伝説は十和田湖に留まらず、八郎潟や田沢湖を結ぶ、
壮大なスケールで描かれてます。
前回辰子伝説を紹介しましたが、そこには続きがあって最後に
八郎太郎の伝記をご紹介します。
十和田湖に関する所を要約すると、「鹿角(秋田県)に住んでいた八郎太郎は
友人の2人を待たずイワナを3匹食べてしまいます。(前回ご紹介しましたね)
すると猛烈に喉の渇きをおぼえ、谷川の水をひたすら飲み干し気が付くと、
大蛇に姿を変えてしまいます。
家に帰れなくなった八郎太郎は谷川を堰き止め十和田湖を造り、そこを棲家としました。
その頃、紀州熊野にいた南祖坊は夢枕に神様が立ち 『鉄の草鞋を履き
鼻緒の切れたところを永住の地とするべし』 とのお告げがあり長旅に出ます。
鼻緒の切れたところが十和田湖付近でしたが、すでに八郎太郎が大蛇となり
主となっていので、覇権をかけ凄まじい争いが繰り広げられます。
その争いは七日七晩続いたとされ南祖坊が勝利し、
八郎太郎は落ち延びていきます。
その後、八郎太郎は鹿角や二ツ井(秋田県)などで騒動を起こし
その都度、神様達から疎まれたりし八郎潟(秋田県日本海側)
まで落ち延びていきます。
同じ頃、田沢湖では辰子姫も大蛇となり主となっていましたが、
彼女を巡り八郎太郎と南祖坊が再び争う事となります。
(いやっ・・・お坊さんまで魅了してしまう辰子 すごっ)

龍やけどなっ


八郎太郎が南祖坊に勝利し辰子姫と結ばれるという伝説です。
簡単ですが以上が田沢湖、八郎潟、十和田湖に纏わる伝説の完結です。
調べてると大変
これで自分探しの旅は、終わりっす。
帰路の途中 kumichou又 温泉に・・・辰子を目指すらしい

オバチャンやけどな

kumichouの自分探しは、辰子だったんだな

じゃか~しわっっ

えぇ━3回シリーズでこの東北旅紀行をご紹介しましたが、国語能力が乏しい本人
かなりきつかったっす。

考えた割には、えーこんなの~と思いつつご紹介しました

わかりずらいかもしれませんが、カンベンしてくださいまし。
で・・・岩手、秋田、青森の県民の皆様、
『お前、それは違うだろう!』 という所があったら
水に流してくださいまし。。。
じゃ

その後オイラ達、二日間爆睡でした


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コメント
★ おかんへ
ありがとうございますぅ
『ニッキ━』っすか
ヤバイっすよ 知らねえぇしっ って言われますよ
ジャニーズで許せるのはスマップからっすよ
食い意地は乃乃の方は、落着いたんだけど
錦は、今が絶好調
さんま は、さすがに病院かぁ~と思ったけど
今までお腹壊した事なかったので まぁ いいかっ って
青森ねぶたは、ハマッテ三回ほど行きました。
『阿波踊り』もだけどやっぱり混じって溶け込まないと
祭りが半減しますね。
今年は、徳島に縁があって『阿波踊り』マジで
映像で見たし、眉山って山だって事も知ったし
しかもロープウェイもある
四国は、一度も行ったことないし
『阿波踊り』実際に見てみたい
金ちゃんPaPaも おかんと一緒に行きたいようっ きっと
★ 姫mamaへ
爆発するのでしょうね。
今回、初めて知った『辰子伝説』
子供の頃からいろいろな伝説や伝記を習い
聞かされてきましたね。
姫mamaが言う通り 昔の庶民の人達は、語り継ぎたくなるような
お話を求め、時には教訓として、又恋話にしたり
ある意味、私達よりロマンチックだったのかも・・・
まぁ 自分探しはさて置き、
今までは、旅行いってきた。美味しかった。楽しかった。
で終わってたけど、あらためてこうして文章にし、ブログで
公開するとめっちゃ内容の濃い旅になったような気がします。
(文章能力は、別にして・・・)
紹介したい場所や写真なんかもっと載せたかった
のですが、さすがに飽きられると思い止めました。
美味しい物も沢山あったんだけど・・・
っうか
続くのですか
学園祭じゃないのに・・・しかも姫抜きで
そうそう背中の薄茶色乃乃も1才過ぎたころから
変ってきたっすよ。遺伝ですね。
★
ひそかに登場させてもらっているので、かなりうれしぃ~(*^^)v
『腹減った~』の写真♪よ~くとれてますぅ~!!
まじで、ほしい~~((+_+))
そんな頼み事今までした人いないよねぇ~?!
さすが、おかんでしょ~!!
今までのブログ見させてもらいましたぁ~♪
『にっきー』ってよんじゃおぅ~(笑)
あの粉かぶってたのかなりかわいい~☆
あの時からにっきーは、食いしん坊になってたのねぇ~!!
薬まで飲み込んじゃって・・・(-"-)今度は、さんま~!!
次は~何~?!ぞうまで飲む~???
ほんと!!あのつぶらなお顔たまりません(*_*;
『ねぶた祭り』すごい迫力ですなぁ~!!
パパなしで、見に行きたい(^u^)
★
庭園の素晴らしいこと~~弘前城門前の乃乃ちゃん、錦君の凛々しいこと!!
ねぶた祭り有名ですよね一度は行ってみたいお祭りです
凄い迫力です
辰子伝説続きがあったのですね・・・
やはり、美しい人には、神秘的物語が付きまといますよね
大昔から偉人、美しい人はこうあって欲しいみたいな。。。
語り継ぎたくなるようなお話を昔の庶民は求めたいものなのでしょうか・・・
大好きです!!辰子伝説系
この度の旅行思いふける事が出来ましたか?
温泉でも心身ともにリラックスできましたか
また、自分探しは答えが出ましたでしょうか・・・
kumichouさんの違う一面も見られて今回のブログ3話
かなり楽しませて頂きました~~~
kayoyoもkumichouさんを見習わなくっちゃ!!
脳のしわが無くなるぞ(>_<)
ではでは~~
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